農業

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Y.Yさん

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農業
変わりゆく時代の中で

 私が、有機農業を志すようになったきっかけは、東京での経験にあります。
当時、農産物や加工物を扱う販売の仕事をしていました。その当時からオーガニックはとても人気がありましたが、法律整備前の玉石混交の時期で、とてもわかりにくいものでした。

 プロとして、きちんと理解して納得してから、お客様にお伝えしたいと、独自で勉強を始めました。その延長で農業や環境の事もきちんと学びたいと、東京農業大学の社会人講座を一年ほど受講しました。その講座では、害虫や農業ロボットの専門家、世界的な水のコンサルタントなど、農業・環境に携わる各分野の専門家が講義をする座学と、比較栽培のやり方、慣行農法と有機農法の違いを体感できる実習がありました。そこで昔の農的暮らしの巧みさ、有機農業の不思議と面白さに夢中になりました。またその講座を開催されていたのが、山口県出身の教授だったことも、山口県との不思議なご縁を感じました。さらに転職した先の仕事場で出会った、ヨルダン・ランダース著『2052』にも触発されました。その内容を自身に置き換え、将来を考えてみた時に、里山で農的暮らしをすることは、将来の社会変化にも柔軟に対応できるのではないか、と思い始めました。

 当初、絶対萩市で、という強い思いがあったわけではなく候補地のひとつだったのですが、旧郡部の一部が2013年に萩市付近豪雨災害に見舞われたことをニュースで知り、そこなら「自助共助」が可能ではないかと考えました。ただ、農林振興課に相談に行きましたが、有機農業をやりたいと思っていても私のそれは経済農業ではないですし、栽培したい農産物が決まっていないこともあって、相談さえも思うように進みませんでした。しかし、その時出会った市役所の皆さんを始め、萩の方々の誠実さと優しさに心ひかれ、その時点で萩へ移住しようと決意しました。

酒米との出会い

 一方で、ずっと相談をしていた方のご縁で萩市内のある方へ、そしてその方からある酒蔵の会長を紹介していただきました。
 まだ、会ったこともない2回目の電話の時、会長が突然「酒米をやってみる?」とおっしゃいました。それまで稲作など、考えてなかったのですが、その酒蔵は、ワインのテロワールのような、日本酒の一田一酒(水害後は行っていない)を行っていました。テロワールとは土地という意味で、その土地(畑)のワインということです。有機栽培の良さは、その土地の気候や微生物などといった「魅力」を活かしきれることです。土に含まれる成分や比率は様々。それが特色となって、その土地にしか採れないお米になるわけです。ましてやそれが、地元の杜氏の手を経て、日本酒になるなんて!
 販売の仕事をしていた時に、「オーガニック」という言葉が高く売るための手段になって、質が伴わない商品を数多く目にしており、有機栽培ならすべて価値があるわけではない、というのは、常々、感じていました。ですから、酒蔵の杜氏が、直接品質を判断してくれる酒米の有機栽培は、とても魅力に感じました。

周囲の人たちの支援があってこそ

 その気持ちを会長に伝えると、次に、研修先として山口県内で有機栽培を行っている農家を紹介くださいました。話が出てからすぐに山口県へ移住し、その農家のもとで、稲作の基礎を習いました。
 研修開始から一か月経った頃、会長は次に地元の地域の田んぼと家を紹介してくださったのです。そこまでしてくださる方にお会いできるなんて、本当に幸運だと思いました。会長が選んでくださったこの地区に、研修後から住み始めましたが、皆暖かい方ばかりで、今でも本当によくしていただいています。
 しかし、移住して農業を始めたころは、夫婦共、お互い心の余裕もなく、またこちらに来て初めてお互いを知る面も多く、夫婦間での戸惑いや行き違いが多かったです。今ではかなり落ち着いてきましたけれど。
 私は、車の運転含め機械類が苦手ですが、反対に農業機械の操縦やメンテナンスは、夫が得意です。得意不得意分野がそれぞれまったく逆なので、それで何とか作業を進めています。

土をゼロリセットに

 1年目は3反30アールだけだったのですが、2年目の1ヘクタールが実質的な酒米の有機栽培のスタートとなりました。
 山の中の田んぼは、自然が豊か過ぎて、夏は、自然を相手に戦っている感じです。除草剤がなかったころの田の除草はテデトール(手で取ーる)と近所のおばあちゃんに言われたので、草に負けそうな田んぼでは、炎天下の中、這いつくばって取ったりします。そんな時のおしゃべりの相手は、カエルかトンボだけ。
 最初は、有機栽培でやるといった私たちを心配してくださった近所の方ですが、最近、ポツリポツリと昔の稲作方法を話してくださることがあります。それは、素晴らしい内容で、昔の人の農業がどれだけ自然の摂理に合わせてやっていたかということも教えていただいています。
2年目は、耕作面積が増えましたが、ゼロリセットにしてその田んぼの本当の地力を知りたいと考え、無肥料無農薬にして、残留農薬や肥料分を2年目の稲に全部吸わせて抜いてしまいました。結果2年目の収穫量は少なかったですが、明確になったことも多く、実り多いものになりました。

暮らしと農業

 まだまだ経験も技術も何もかもが足りなくて、反省点も色々とありますが、前年の結果を踏まえて翌年の計画を立て、実践していくのはとても楽しいものです。
 実は、近所のある地域は火山灰が蓄積した粘土質で良質な土なのですが、私の地域は真砂土で、地力には限界があります。だから、地力の良い土地の米の方が美味しくてかなわないと嘆く人もいます。でも、この地は、いわゆる地力はないかもしれませんが、そこの土が持っている個性が活きる田んぼにして、その田んぼの味になればいいと思っています。その代り、水は山からの湧水ですし、ミネラルが豊富です。また、美味しいといわれる産地のものと同じである必要はなく、「違い」があっていい時代だと思います。そのほうが作っていて楽しいですよね。

 移住の際には、農業一本のシングルキャリアではなく、最初からパラレルキャリアでいこうと決めていました。そもそも栽培技術がないから農業収入は安定しないだろうし、農機具は高いし、農業だけで自立できるのは時間がかかると思っていました。だから、焦らず自分のペースで農業に取り組むために、生活費は別で稼ごうと考えました。さらに言えば、その土地の人の「結」を入れてもらうことが、農業をすること以上に重要だと思ったからです。酒米を選んだ理由の一つに、稲作の期間が半年で、残りの半年は違う仕事ができるから、その中で地域の暮らしや文化に触れたいと考えました。人間関係が希薄な土地からの移住者だからこそ、この土地の豊かさ、優しさを、無二のものとして感動するのかもしれません。そしてその文化は、農業や林業を基にして成り立っていることも実感、農業への思いを新たにしています。

 山口県内で有機栽培をする先輩たちと親しくさせてもらっていますが、みなさん、素敵な方ばかり。時間に余裕がある時は、大先輩や同じ志を持つ山口県内の仲間に会いに行き、勉強したり、エネルギーをいただいたりしています。ある方が「有機農業はその人の価値感なんだよ」と教えてくれました。自分がどんな生き方をしたいのかというその先に有機農業があるのだとも。最近、ほんの少しですが、その意味が何となくわかるようになってきたように思います。


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