医師 むつみ診療所

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前川 恭子さん

在学期間1.5倍の義務年限

 離島や山間地域の多い萩には、国保(国民健康保険)直診の市立診療所が10診療所あります(2018年現在)。そのうち、6つの診療所は自治医科大学卒業の医師が山口県から派遣されていますが、私もその一人です。母校には、学生が卒業後、学費の免除の代わりに医師国家試験に合格をしたら出身都道府県に戻り、義務年限という在学の1.5倍の年月をへき地等の公的医療機関で医師として勤務するというシステムが設けられています。
 私は萩市の出身でしたから、卒業してすぐの臨床研修は、山口県立総合医療センター、防府市内の総合病院に勤務しました。その後、母校のほとんどの卒業生はへき地のような「地域」に3年勤めるのですが、3年は短いと思ったので、今現在は岩国市内のある「地域」で5年勤務させてもらいました。後期研修の後は総合病院などの「中央」に戻るケースが多いのですが、私は、前述の岩国市や今も勤める萩市の「むつみ診療所」といった「地域」で義務年限を終えました。

医者になりたかったのは?

 医師を夢見たのは小学生の頃。子どもが欲しくて、ならば、子育てに役立つ仕事に就こうと考えました。農業やライフプランナーなど職業をいくつか挙げる中で医療系に興味が湧いていきました。どんなに格好つけている人でも病気になると弱り、その人の本質が垣間見えてくるのではないか。そんな「人間」と常に対峙している医療現場で仕事をすることができたら、自分の人間性に幅が広がり、子育てに役立つのではないかと考えました。そして、医師だったら今のような田舎のお医者さんになりたいと思い描いていました。
 でも、大学医学部の高い授業料を考えると親の負担が大きく、現実的ではないといつの日からか、頭の片隅に追いやるようになっていました。しかし、高校3年生の時に進路指導の先生が自治医科大学をすすめてくれて、お金はかからないし、地域医療が学べると思って、医師の夢は一気に大きくなりました。大学に進学すると、当時の医師を目指す人たちは、世のため、人のためにという強い志を持ってキラキラしていて、自分が医師を目指した理由は卒業するまで言いだせませんでしたね。

ゼネラリストを目指す

 学生時代は、産婦人科や耳鼻科など全科を一通り学んで実習を行い、研修医の時はいくつかの科をローテーションします。母校の出身者は、研修医の間に地域医療に必要なところをある程度回るようにします。また、9年間の義務年限の間、週に一回、研修という形で自分のスキルアップのために勉強を続ける人もいます。例えば私の場合は、エコーの技術が足りなかったので、心臓のエコーを学ばせてもらったことがあります。地域の診療所では、どんなことができたらいいのだろうということを考えながら。
 自治医科大学進学の時から私自身は、総合医、ゼネラリストを目指していました。体は色んなパーツがありますが、すべてが繋がっていて大きな一つですよね。地域医療には、総合医・診療が必要と言われることがありますが、私の学生時分は、まだ総合診療という分野がなく、地域医療の人材を育成する母校でも各専門科の先生が各々の分野の教鞭をふるうという状況でした。こうして一つ一つを教わり、実際に研修をして勤務するようになって、習ったことが自分の中で統合していく、ゼネラルにしていくということが手応えとなっていきました。

地域医療だから、医者だからということではない

 また、同輩でもみんな、専門科を持つようにしています。私は、外科に入局をしたことがあるのですが違和感があって、専門科や学位の取得などもすすめられてきましたが、何かには決めずに様々な科のいろはの「い」を押しなべて診療し続けています。ゼネラリストは、日本において高い評価は受けていませんが、私より年代の上の医師たちでゼネラリストを全国に探したところ数多くいました。同じように専門科を決めた方がいいと言われながらも総合医にこだわってきたそうです。私は、専門も総合もどちらも大事で必要だと思います。その医師の適性に合っていればいいのだろうと感じています。
 また、よく聞かれるのですが、地域医療だから、総合医だから特別な何かが必要ということではありません。私がこれまでやってこられたのは、迷いや潰れそうになったことも多々あったけれど、自分自身ときちんと向き合って逃げずにきたからです。どんなことがあろうとも、自分の中で模索し続けることを忘れず、探し物が出てくるのを待ち、そしてそれを持ってステップアップをしてきたから今の自分があると思っています。これは、医師だけではなく、他の職業の人にとっても、患者さんにとっても、あらゆる人の人生で大切なことなのではないでしょうか。

患者さんとの繋がりはずっと

 ふだんは、内科の診療が多いですが、例えば、耳鼻科は学生時代から好きだったこともありますが、専門医に診てもらった方がいい場合には、耳鼻科にバトンタッチするまでのある程度の診療をすることができます。このように私は、次に繋げるといいますか、治療の入口のような役割があるように思います。当診療所の場合、診療はできてもここで治療をするわけではありませんので、そのためのゼネラリストのトレーニングをしています。診療のスキルを上げていけば、ある程度の判断ができて、次の専門医等により良く繋げることができます。設備が整っていない地域の診療所だからといって診療ができないということではないと考えています。エコーなど必須の道具はありますが、大事なのは自分自身のスキル、向上心の積み重ねということではないかと思っています。
 実は、専門医に繋げた患者さんのことはあまり気にしません。自分の能力を超えたものを背負っていても患者さんのためにはならないから。でも、むつみで診療をしているとその患者さんは風邪などを引いてまたここに来るので繋がりは切れません。人づてではありますが、当診療所の看護師が「総合病院に勤務していた時は、患者さんの入院前後の日々のことは考えず、入院中だけのこと。けれども地域医療の現場では、患者さんその人の過去も未来も現在も考え、向き合っている」と話していたことがあったそうです。私も同じように考えて診療を重ねてきました。また、それを所内で共有できていたことは嬉しくもありますね。

働きやすい環境を

 この診療所には義務年限が明ける前からずっと勤務していますが、それが明けた頃は、私以外に看護師が三人、事務が一人でした。私はまだ30代前半で看護師などは自分より10歳も20歳も年上で女性ばかり。女性ばかりの職場は難しいことが多いと言われますが私たちも例にもれず。そのうちに緊縮財政で看護師が一人に減らされてしまって、自分は管理者だからコントロールをしなければと動いてはみるものの上手くいかず。具合が悪くても休めない状況もあってつらい時期が続きました。そんな中、みんなが交代で休めるようになったらいいのではないかと考えるようになりました。定年者がでてきて、その人たちを人材としてプールし手伝ってもらえるシステムを作りました。体調不良の時に休める、休みたいときにあらかじめ休みがとれる。それが影響したのかわかりませんが、働きやすくなって雰囲気も良くなっていきました。人数が少ないことでおきた問題はずっとしこりとなって残ってしまうことがあるので、それをなるべく早め早めに緩ませるようにするといいのでしょう。

職業に貴賤はない

 医療は、患者さんが優先と言われていますが、本当は現場で働いている人達が安定しないといけません。ヒューマンエラーはこの世界ではゼロにはできないし、人間の能力だけでは絶対にカバーはできない。それが小さくなるようなシステムを作らないといけない。だから、人件費はかかるのですが、患者さんの安全に必ずや繋がるので看護師をもう一人増やすことを希望しました。その甲斐あって希望が叶っていた時期もあったんですよ。
 また、人数だけではなく、頼れるスタッフ陣でもあります。前述の看護師は、現場のあらゆる面においてのパイオニア的存在。事務スタッフは、定年後もずっと続けてくれていて、医療事務のいろはは他の病院などに問い合わせたりして独学で学んだ人です。本来なら2,3人がかりの業務内容なのですがそれを一人で難なくこなしています。それは、積み重ねがあるからこそであって、これこそがプロフェッショナルなのだと思います。他の分野もそうではないですか。
 これまでの医療界は、どうしても立場としても医師が強い傾向にありました。けれども私は職業に貴賎はないと思っています。つい遠慮がちになってしまいますが、看護師たちは看護師でやってみたいこと、変えてみたいことがあって、私にもあります。それをみんなで一緒に考えて、一緒にできることをやってみればいい。一気に大きくは無理だけれど、中途半端の状態でいいから少しずつ長く継続できるようにすることが大切。その中で自分のやりたいことを見出して、自己実現を職場でできれば、患者さんとも良好なやり取りができるのではないかと考えています。

医療スタッフの安定こそが

 地域医療の醍醐味は、人、患者さんです。本当は、一人一人違って平均的な人なんていません。診療の回数を重ねるたびにその人の「濃さ」が見えてきて「こんな引き出しを持っていたんだ」と気づくことがあって。田舎でも色んな人がいて面白いです。でも、面白いと思う反面、着任当時は、患者さんとの間にラインが引けなくて「これ以上は私のエリアだから入らないで」「私は人間ですからそれ以上は我慢できません」なんてことはなかなか言えず、程よい距離感を保つのに数年かかりました。医師として大切にしていることは、自分の精神的安定で、ニュートラルであること。内面と身体の管理は日々の努力です。過去に感じたことがあったのですが、自分のことを管理できなかったら不安定になって診察時に聞き出せることも聞き出せません。私自身も他のスタッフも安定していることが肝要です。
 人間は、人間という生物として面白い。生物として病気をちょっと除けて、人間としても見るし、生物としても見るし、病気も診ます。こんな風に切り分けて見つめていくと「この病気は変だなあ」なんて思い始めて人間への探求心が増していきます。だから、患者さん個人を人間個人としては嫌いになることはありませんね。生物として患者さん本人が分かっていない体のことを私が理解できるようにしたい。そして、その人が抱えている問題を医療として解決できることは解決したいと考えています。


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